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東大土木・社会基盤同窓会

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先輩の声

【学生の皆様へ】

氏 名: 田口 治宏

所 属: 五洋建設株式会社国際事業本部香港営業所
E-mail: taguchi@pentaocean.com.hk

略 歴:

昭和59年卒業
サウジアラビア、マレーシア、シンガポール、香港で桟橋、防波堤、浚渫、劇場地下、地下鉄駅などの設計・施工に従事。途中、米国ミシガン大学大学院への留学、国際建設技術協会への出向経験あり。

 


▲ 香港地下鉄駅工事現場


▲ エスプラネードシアター地下


▲ 桟橋(シンガポール)

 私の学生時代は、試験前勉強と、試験後休み期間に反省の意味で猛勉強し、学期中はそれが続かない学生でした。ですから、不幸にも成績には反映しませんでしたが、それなりに知識欲はあったと思います。しかし、学部4年にもなると、勉強する意味がだんだんわからなくなり、会社ではどんなことをしているのか知りたくなりました。まさか微分方程式や留数の定理、水理学や土質力学を勉強して給料をもらっている訳ではあるまいと。就職の時期がくるまでは、土木でありながらゼネコンの意味も、ましてや鹿島、清水といった大手建設会社の名前すらも知らない、世間知らずも甚だしい馬鹿野郎でした。

  今の会社を選んだ理由は、調べてみると海外で仕事をしている会社だったからです。自分には世間を渡ってゆく常識(敬語も知りませんでした)がないから、この際海外へ行ってみたいという、短絡的な動機でした。面接で、担当課長から「海外で一番大切な事はなんだと思うかね?」と聞かれ、「契約だと思います。」などと知ったかぶりで答え、「違う。やっぱり誠意だよ。」と言われました。

  入社して与えられた初めての仕事はサウジアラビア向け桟橋の製図で、そのうち設計方法も教えてもらいました。当時は、限界状態設計法を課の全員で勉強しているような頃で、実務をとおして初めて岡村先生の教科書のすばらしさに触れました。理論や思想などがふんだんに説明してあり、しまった!と思ったのも後の祭り。もっと勉強しておくんだったと反省した次第です。

  入社後1年して、待望の海外勤務でサウジアラビアの現場に赴任。最初はまた製図担当でしたが、小さいモノでも自分の設計製図したものがその場で出来上がるのを見て驚きました。特に橋については何度計算を見直しても恐かったものです。

上司から「よし。今日から現場をやれ。側溝のコンクリート打ちだ。」と言われ、初めて現場に出た日のこと。

私 (何するともなしに打設予定の側溝でミキサー車を待っている)
上司 「おい、お前。コンクリート振動締固め機はどこだ。」
私 「はい。今から取ってきます。」
上司 「持ってくるったって、振動機を動かす発電機もないぞ。」
私 「すいません。今から持ってきます。」
上司 「ボケ。発電機なんてお前が持てるような重さじゃないぞ。クレーンが要るぞ。トラックも要るじゃないか。それにお前、発電機から配線できるのか。電気屋さんも必要じゃないか。」
私 「すみません。」
上司 「だれがクレーンとトラックを使っているか無線で聞いてみろ。」

 理論と実務は天地ほどの違いがあることを知ることになりました。もちろん理論も大事ですが、それだけでは実際のモノ作りの作業は動いていかないのです。今では笑い話しですが、現場の仕事に対して目からうろこが落ちる思いでした。
これが、私の22歳~24歳の出来事です。皆さんがんばって下さい。