先輩の声
【組織力よりも個人の力へ】
氏 名: 大野 浩(故人)
所 属: 清水建設株式会社 土木本部 設計部 構造橋梁グループ
E-mail: h-ohno@civil.shimz.co.jp
略 歴:
昭和60年4月 清水建設株式会社 入社.土木本部開発部LNG地下タンクグループに配属.
昭和61年5月 同 PCグループ(現在,構造橋梁グループ).
平成7年10月 北陸支店 能登島農道橋工事 監理技術者.
平成9年10月 四国支店 三島橋架替工事 現場代理人.
平成10年4月 土木本部設計部 構造橋梁グループ長.

▲鳴瀬川橋梁
(6径間連続フィンバック橋)

▲中能登農道橋
(スパン230mPC斜張橋)

▲パクセ橋
(ラオス,橋長 約1.3km)

▲マレーシア・シンガポール第2連絡橋
(マレーシア,橋長 約2km)
昭和60年に清水建設に入社して16年になります.最初の1年間はLNG地下タンク関係の仕事をしておりましたが,その後の15年間はずっと橋梁関係の仕事をしています.橋梁といっても,鋼橋は重鋼・鋼橋メーカー,コンクリート橋はPC専業者が,ほとんどのシェアを占めています.ゼネコンが関係するのは,大型コンクリート橋であります. 思い出深いものとしては,先行他社に追いつくために始めたPC斜張橋への取り組みです.
当社第1号橋はゴルフ場の中のちっぽけな橋でしたが,入社4年目にして設計と施工の中心を担いました.現場では経験不足から分からないことばかりでしたが,無我夢中で取り組んだことを思い出します.
それから10年が経過して,支間230mの本格的なPC斜張橋を受注して,監理技術者として設計・施工に携わりました.最近では,フィンバック橋というめずらしい形式の鉄道橋工事に関与しました.橋梁に限らず土木の仕事は,最後は物として地球上に残ることが喜びです.それも100年以上もの間.
10年後には,日本の公共工事は半分になるとの予測もあり,ゼネコンの職員数も減少傾向にあります.このため,1人1人のエンジニアが関与する分野がさらに拡大していくと考えています.また,海外に目を向ければ,まだまだ社会資本整備を必要とする国は多く,日本の建設技術・エンジニアが必要とされています.ここでも,日本人の高い給料を考えると,個人が関与・マネジメントする分野を広げる必要があります.これからの建設業では,組織力よりも幅広い知識と経験を持ったエンジニア個人の力量が重要視されてくると予感しています.
「シビルエンジニアの活躍の場は,狭まることはなく,ますます広がっていく.世界は広い.技術は奥深い.物造りは楽しい.」.専攻学科・就職先を検討されている学生さんへのメッセージです.
